歴史
姫路から加古川を渡って京都へと向かう交通路の要所に築かれた中世の城跡です。
東西250m、南北200mの範囲に広がる大規模な平城です。城の南側中央部には幅8~10m、高さ2.5mの土塁が南北方向に60m続いており、土塁の東側を四方に囲んでいたようです。その区画へと入る通路や入口(虎口)も確認されています。この区画の北東にも一辺約80mの方形区画があり、周囲を囲む幅約8m、高さ約2mの土塁が認められます。
城主は、赤松氏の一族とされる光枝氏で、三木合戦時には当城を焼き払って
三木城に籠り羽柴秀吉軍に対抗するも、平井山合戦で討死したとされています。
当城の南方約800mには
河合城(新部町)、東方600mには
堀井城(河合西町)と、100mを超える大規模な平城が近接して築かれており、その関係が注目されます。<現地案内板より>
コメント
仕事の関係で近くまで来たので、終了後に立ち寄りました。
高さ2m超で数十mにおよぶ大規模土塁に往時の姿を想像できます。
オススメ ☆☆☆
難易度 ☆☆
アクセス ☆☆☆
データ
- 所在地
- 兵庫県小野市河合中町小字小堀
- 通称
- 堀殿城、新部上月城
- 形式
- 平城
- 遺構
- 土塁
- 築城者
- 不詳
- 主要城主
- 光枝氏
- 築城年
- 不詳
- 廃城年
- 不詳
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- ─
- 休城日
- ─
- 駐車場
- なし
- アクセス
- JR加古川線『河合西駅』より1.4km(徒歩18分)