歴史
別名「堀殿城」とも呼ばれ、「室町時代に播磨守護職であった赤松氏の東播磨の拠点として築城されています。嘉吉元年(1441)の「嘉吉の乱」の時には、赤松満祐が将軍足利義教の首をもって入城したことでも知られています。
東西約400m、南北約300mの城域を有する東播磨屈指の大城郭でしたが、圃場整備事業等により、その景観は失われています。主郭部は「源氏屋敷」と呼ばれ、嘗てはその周囲に土塁と堀が巡っていました。更に堀の外側には東の郭があり、三つの郭から構成された平城であったようです。<現地案内板より>
コメント
仕事の関係で近くまで来たので、終了後に立ち寄りました。
大城郭の面影はなく、水路に往時の堀を想像するだけです。
オススメ ☆
難易度 ☆
アクセス ☆☆☆
データ
- 所在地
- 兵庫県小野市新部町小字構・河合町城成
- 通称
- 堀殿城、新部上月城
- 形式
- 平城
- 遺構
- なし
- 築城者
- 不詳
- 主要城主
- 上月氏、堀井氏
- 築城年
- 不詳
- 廃城年
- 不詳
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- ─
- 休城日
- ─
- 駐車場
- なし
- アクセス
- JR加古川線『河合西駅』より700m(徒歩9分)