歴史
岩屋城は16世紀半ば(戦国時代)宝満城の支城として豊後大友氏の武将・高橋鑑種(あきたね)によって築かれた。同12年、彼は主家・大友宗麟に叛き城を追われ、代わって吉弘鎮理(しげまさ)(後の名称・高橋紹運)が城主となった。紹運は天正14年(1586)九州制覇を目指す島津5万の大軍を迎え撃ち、激戦十余日、秀吉の援軍到着を待たず玉砕し落城した。
<現地案内板より>
コメント
オススメ ☆☆
規模 ☆☆
難易度 ☆☆
アクセス ☆☆☆☆
データ
- 所在地
- 福岡県太宰府市四天王寺山
- 通称
- ─
- 形式
- 山城 (標高 291m、比高 230m)
- 遺構
- 曲輪、土塁、堀切
- 築城者
- 高橋鑑種 (あきたね)
- 主要城主
- 高橋紹運 (じょううん)
- 築城年
- 天文年間 (1532-1554)
- 廃城年
- 天正14年(1586)
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- 無料
- 休城日
- なし
- 駐車場
- なし (路側帯の1~2台のスペースに路駐)
- アクセス
- 西鉄太宰府線『太宰府駅』より 徒歩35分