歴史
高屋城は戸牧川左岸、高屋集落西側、標高約136mの山頂に所在する。集落との比高は約130mを測る。城域は東西約120m、南北約110mを測る。
城は別名「岩屋の城」とも呼ばれているが、城主や城史に関する伝承は不明である。
中略
高屋城は曲輪の中程に仕切り土塁があるものの、粗1郭で構成され、西側の大手虎口と東側の搦手虎口が明確である。大手は内桝形状虎口となり、搦手は土塁の間を入る虎口となっている。更に、虎口の防御に竪堀を使用しているのも特徴的である。このような虎口を明確化した縄張りの城は、豊岡地域では異質で高屋城だけである。
縄張りの特徴は在地の縄張りではなく、織豊勢力が天正8年頃豊岡地域を攻撃した際の陣城と思われる。また、城は岩井谷や豊岡盆地からも隔絶した位置にあり、四方向を見通すことができる。<豊岡市の城郭集成Ⅰより>
~ 尚、高屋部落字天王、通称金山、現在稲荷神社が祀られている山頂は城跡と考えられる。(元豊岡高校校長・岩佐修理先生の言}。輙ち稲荷社本殿うしろの一段高い部分に円墳があり、その続きの一段高い展望台は天守に当たる。高屋城の出城と考えられる。<但馬の城より>
コメント
どこかで見たような…確証が得られず、登城数にカウントしていませんでしたが、この程「城跡と考えられる」の文献を確認しましたので、未踏改め登城済みに。
オススメ
規 模
難易度
アクセス ☆☆☆
データ
- 所在地
- 兵庫県豊岡市高屋字岩屋
- 通称
- 岩屋城
- 形式
- (標高 136m/比高 130m)
- 遺構
- 曲輪、土塁、堀切、竪堀
- 築城者
- 不明
- 主要城主
- 不明
- 築城年
- 不明
- 廃城年
- 不明
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- 無料
- 休城日
- なし
- 駐車場
- 未確認
- アクセス
- JR山陰本線『豊岡駅』より
- 北近畿豊岡自動車道『日高神鍋高原IC』より