歴史
唐沢山城は、佐野市の北、高さ240mの山全体をいい、往時の広さ550町歩と云われ、周囲を急崖(きゅうがい)に囲まれ、眺望は関東平野を一望に、遠く北より日光連山、西に群馬連山、秩父、南アルプス、秀峰冨士、東に筑波と、誠に自然の要塞である。
当社御祭神・秀郷公により一千年前の延長年間築城とされ、公はこの城を中心に天慶(てんぎょう)の乱を鎮定し大功をたてられ、その功により鎮守府将軍として関東はもとより奥州方面にまで威勢を張られた。その後700年間多少の変遷はあったが、公の子孫・佐野家代々の居城として16世紀中頃に現在の形を整えたとされている。
北条氏政、上杉謙信に攻められるも猛攻を跳ね返した堅城で『関東一の山城』と称された唐沢山城は、関東七名城(宇都宮城、唐沢山城、太田城、
金山城、
前橋城、
忍城、川越城)の1つにも数えられ、中世山城の典型としての旧態をよく今に残し、代々の変遷の跡も見られ近世初期にまで下る整備の跡も窺われる。
江戸初期、山城禁止令により、佐野市の城山公園の地に城換となって、唐沢山城の歴史が終わるが、明治になり唐沢山神社が建てられると全山境内地となり、県立自然公園にも指定され四季折々の風景の中に秀郷公以来の歴史が偲ばれる。<現地案内板より>
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規 模 ☆☆☆☆
難易度 ☆☆☆☆
アクセス ☆☆☆☆
データ
- 所在地
- 栃木県佐野市富士町、栃本町
- 通称
- 栃本城、根古屋城、牛ヶ城
- 形式
- 山城(標高 240m)
- 遺構
- 石垣、土塁、曲輪、堀切、井戸
- 築城者
- 藤原秀郷
- 主要城主
- 佐野氏
- 築城年
- 延長5年 (927)
- 廃城年
- 慶長11年(1607)
- 開城時間
- ─
- 入城料
- 無料
- 休城日
- ─
- 続100名城スタンプ
- ─
- 駐車場
- 有り(山腹に無料駐車場)
- アクセス
- JR両毛線『田沼駅』より タクシー(約10分、1,200円)
- 東武伊勢崎線『足利市駅』より 徒歩 分
- 北関東自動車道『足利IC』より 分/『太田桐生IC』より 分