歴史
永原御殿は、家康・秀忠・家光の3代の将軍が利用した徳川家の専用宿館です。
天正19年(1591)4月、家康は秀吉から在京賄料として野洲郡など9万石を与えられます。ここに野洲郡は、徳川家が京都・大坂・両国を見据える重要な拠点となりました。
慶長5年(1600)9月、関ヶ原の戦いに勝利した家康は、慶長6年10月、永原に宿泊します(初見)。慶長8年2月、家康は征夷大将軍となり江戸に幕府を開きますが、大坂城の豊臣秀頼や豊臣恩顧の諸大名が偏在する西国、京都の天皇に対処するため、屡々往来します。この際、用いた城館が永原御殿で、家康が7回、秀忠が3回、家光が2回利用しました。御殿を作事した京都大工頭・中井家の指図(絵図)によると、家康・秀忠が使用した御殿(古御殿)は、本丸と南に突き出た二の丸から成っていました。
寛永11年(1634)7月、家光威上洛に先立って大規模な拡張・改修が行なわれます。本丸と二の丸を西に大きく拡張して堀と土塁を巡らせ、本丸の北西に御殿・休憩所・御亭(おちん)を新造し、南東には三の丸を新設します。御殿は、現在も堀や土塁など随所に当時の姿を留め、地下には御殿遺構が遺存しています。野洲市では、永原御殿跡を重要な歴史遺産として将来にわたり保存・整備を図る計画です。<現地説明板より>
コメント
昨年の「お城EXPO」で存在を知り、それ以来楽しみにしていた当城。
念願の登城でしたが、土塁の修繕工事中(~2025.3.25迄)で、立ち入り禁止となっていました。
近年国史跡に指定され、これから公園整備化されるようなので、整備等により在りし日の姿に戻っていくことが楽しみです。
オススメ ☆☆☆
規 模 ☆☆☆
難易度 ☆☆
アクセス ☆☆☆
データ
- 所在地
- 滋賀県野洲市永原
- 別称
- 永原城
- 形式
- 平城
- 遺構
- 土塁、曲輪、堀
- 築城者
- 永原氏
- 主要城主
- 永原氏、徳川氏
- 築城年
- 不詳
- 廃城年
- 貞享3年(1686)
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- 無料
- 休城日
- なし
- 駐車場
- あり(約20台)
- アクセス
- JR東海道本線『野洲駅』より2.3km(車で約8分)