歴史
八幡城は、天正13年(1585)豊臣秀吉の甥にあたる豊臣秀次が近江43万石を与えられ、琵琶湖に臨む標高286mの八幡山に築城した。秀次は若干18歳の青年大名だったが、築城とともに城下町の建設に情熱を注ぎ、
安土城下から多くの住民を移住させたという。
山麓には琵琶湖から水を引いた八幡堀を巡らしたが、これは単に城の堀というだけではなく、運河の役目も果たし、商業の発展を願って築かせたものである。
天正18年(1590)小田原征伐の軍功により、秀次は尾張・伊勢を与えられ、百万石の太守として尾張
清州城に移り、代わって京極高次が2万8千石で八幡城主となった。
文禄4年(1595)京極高次が
大津城に移ると八幡城は廃城となった。皮肉にもこの年、豊臣秀次は秀吉の逆鱗に触れ、高野山で自刃。
城は廃されたものの秀次が築いた碁盤模様の城下町は存続し、近江商人の町として江戸時代を通じて繫栄した。近江八幡市には現在もなお、その面影が色濃く残っている。
コメント
翌年(2026)大河ドラマ『豊臣兄弟』を前に、誘われて13年ぶりに訪れました。
全くノリ気でなく来年でもと思ってましたが、出丸の石垣が素晴らしく有難い誤算でした。遠方から見える出丸石垣は特に必見です。前回は未整備だったのか、ただ見逃していただけなのかは不明です。
オススメ ☆☆☆☆
規 模 ☆☆☆☆
難易度 ☆☆☆☆
アクセス ☆☆☆☆
データ
- 所在地
- 滋賀県近江八幡市宮内町
- 通称
- 八幡山城、近江八幡城
- 形式
- 山城(標高 271.9m、比高 180m)
- 遺構
- 曲輪、石垣、堀
- 築城者
- 豊臣秀次
- 主要城主
- 豊臣秀次、京極高次
- 築城年
- 天正13年(1585)
- 廃城年
- 文禄4年 (1595)
- 開城時間
- 常時(ロープウェイ 9:00〜17:00)
- 入城料
- 入山料100円(ロープウェイ:往復950円)
- 休城日
- なし?
- 続100名城スタンプ
- 村雲御所瑞龍寺
- 御城印
- 村雲御所瑞龍寺(400円:通常版(数種類あり))
- 駐車場
- 八幡山ロープウェイ駐車場、八幡公園駐車場(計約20台:無料)
- アクセス
- JR琵琶湖線『近江八幡駅』よりバス 12 分 『大杉町』下車、徒歩5分
- 名神高速道『竜王』ICより 約30分