| 1、位置と城史 松尾寺城は円山川支流の日撫川右岸、下宮集落西側、標高120mから45mにかけての丘陵に所在する。集落との比高は約110mある。城域は東西約27m、南北約180mを測る。 松尾寺城は現在の文常寺(豊岡市鎌田)の前身で、天文13年(1544)野火で延焼するまで松尾山山中(豊岡市下宮)に存続していたと云う(『三江誌』上巻)。その後、鎌田集落が再興した文常寺の観音堂には、焼失を免れた平安期の2つの木造聖観音立像(国・県指定)が安置されている。 2、城の構造 松尾寺城は標高120mに位置する主郭1から延びる2つの尾根に形成された境内を、曲輪・堀切・竪堀・土塁等で城郭化したものである。 主郭1は18×17mを測り、北西尾根には2条の堀切・竪堀を構築している。堀切Aは幅5.5m・深さ2.5m、竪堀は幅4m・長さ7〜8mを測る。また堀切Bは幅3.8m・深さ1m、竪堀は幅2.3m・長さ6〜10mを測る。 主郭から東に延びる尾根には曲輪2(38×27m)・曲輪3(22×22m)を設けている。曲輪2には2ヶ所の基壇があり、本堂が所在していたものと思われる。曲輪2の前面(東側)は横堀(幅4m)と土塁(幅4〜5m、高さ2m)をもつ曲輪3で守備されている。また、曲輪3の北側には曲輪2(本堂)から延びる参道が設けられている。 主郭1から南東に延びる尾根には、曲輪4(9×22m)・曲輪5(25×6m)・曲輪6(41×17m)と堀切C(幅9m・高さ2.5m)が構築されている。堀切Cの東側には、尾根のピークに円墳をそのまま残した曲輪7(20×13m)・曲輪8(37×21m)・曲輪10(10×14m)・曲輪11(12×8.5m)を設けている。中でも曲輪8は大規模で、南端と東端に幅広い土塁(幅4m・高さ1〜1.5m)を構築している。尚、曲輪7の南側には曲輪9を設けているが、河原石の集石があるので中世墓と思われる。 3、まとめ 松尾寺城は、谷を挟んで2つの尾根に寺域を設けているが、主郭1(詰の丸)を初め尾根筋に曲輪・堀切・横堀・土塁等を構築して城郭化している。城郭化した主体は不明であるが、在地勢力(例えば国人・田結庄氏)によって為された可能性が高い。 寺の伽藍は、曲輪2・曲輪3・曲輪6・曲輪8に建立されていたものと思われ、曲輪2の基壇上には観音堂が建立されていたものであろう。<豊岡市の城郭集成Tより> |