1、位置と城史
 金蔵寺城は虫生集落の東側、標高320〜390mの金蔵山山中に所在し、虫生集落から参道が直線距離で約6qほど続いている。
 『資母村誌』によれば、弘仁年間(810〜818)空海が諸国巡歴の際、金蔵寺で禅定し、瑞雲山金蔵寺を開基。真言宗の七堂伽藍が現存し、往時は境内八丁四、寺領3千石を有したと云う。現在、地名として「仁王曲り」「地蔵坂」「山本坊跡」「古池」「庵屋敷」「田原」(棚原)が残り、集落の小字名としても「僧都」(虫生)、「極楽」「山内」(内藤)がある。
 大永8年(1528)には、所領を巡る抗争からか、金蔵寺の僧兵が雲巌寺(野田川町岩屋)を攻撃している(「宮津日記」)。また、「山本氏由来書」(山本助大夫氏蔵)によれば、金蔵寺が衰退したのは、永禄11年(1568)織田方の森乱丸(成利)によって焼打ちされたのが原因であると云う。(「永禄十一年辰四月四日大勢功来り、思不寄事なれば寺々騒動し、弱き者は逃げ隠れ、早落ちゆくもあり、若き僧俗相戦いしが、四日五日と両日焼討ちせられ、僧俗討死す。この證金蔵寺大石塚に刻み付け有り。」)。しかし、永禄11年段階の織豊勢力(森乱丸等)の但馬進攻は考えられず、天正8年(1580)羽柴秀長の第2次但馬進攻の事を誤伝しものではなかろうか。

2、城の構造
 金蔵寺城は東西約400m、南北約580mを測る大規模城郭である。大きくは、白山神社が鎮座する山頂の詰城部分と谷部の寺院部分とで構成されている。

〔詰城部分T〕
 曲輪1(7.6×34.5m)・曲輪2(幅7.5m)・曲輪3(7.8×7.7m)・曲輪4(6×20m)を幅3〜10mの帯曲輪5が取り囲む。帯曲輪の北側には土塁(幅3m・高さ0.4〜0.8m)を構築している。帯曲輪の斜面には3つの堀切・竪堀や、畝状竪堀・竪堀(18条)を配置している。
 堀切・竪堀1の堀切は幅7.3m・深さ6m、竪堀は幅2.8m・長さ11.5mを測る。堀切・竪堀2の堀切は幅6m・深さ5m、竪堀は幅3m・長さ10〜14mを測る。堀切・竪堀3の堀切は幅10m・深さ8m、竪堀は幅3m・長さ5.5〜8mを測る。
 また、曲輪5北側の横堀を伴う畝状竪堀(7条)は幅2〜6m・長さ12.5〜15.5m、曲輪5西側の竪堀(4条)は幅2〜2.5m・長さ8.5〜13m、曲輪5南側の横堀を伴う畝状竪堀(6条)は幅2〜2.5m・長さ10〜16mを測る。曲輪4東側の竪堀は幅2.2m・長さ8mを測る。

〔寺院部分U・V・W〕
 寺院部分は石積を構築した曲輪6(125×50m)・曲輪8(41×13m)等を中心として、曲輪7(46×18m)・曲輪29(75×20m)・曲輪10(49×20m)・曲輪11(23×15.5m)・土塁(幅4m・高さ2〜3m)をもつ曲輪12(24×67.5m)等で構成されていたものと思われる。但し、南北に延びる主尾根背後(東側斜面)に構築された曲輪15(45×18m)・曲輪16(35×17m)・曲輪20(25.5×18m)等も坊舎跡の可能性がある。尚、本堂や塔などが存在していたと思われる曲輪6・曲輪8には、高さ約1〜1.5mを測る石積(裏込石は確認できない)が見られる。
 また、南北に延びる主尾根には曲輪22(17×17m)・曲輪23(33×9m)・曲輪24(41×12m)・曲輪25(12×74m)が構築され、尾根の南端部は5条の堀切・竪堀で防禦を固めている。堀切は幅6〜9.4m・深さ1.5〜3.5m、竪堀は幅2.5〜3.5m・長さ7〜18mを測る。
 更に、主尾根の北東側斜面は、曲輪15・曲輪16・曲輪17・曲輪18(15×12m)・曲輪19(20×21m)・曲輪20(15×18m)・曲輪21(22×12m)等で守備されている。

3、まとめ
 金蔵寺城は本堂・塔などを中心とした寺院の伽藍を谷部に設け、その南西尾根と東〜南東尾根の西・東斜面に多数の坊跡や曲輪群を配置し、堀切や竪堀を要所に構築して防禦を固めている。更に、白山神社の鎮座する高所(標高380m)に詰城を築造している。詰城は大規模な曲輪(東西約36m・南北約110m)の斜面を18条の竪堀(畝状竪堀)で改修・補強したもので、戦国末期の様相を呈している。この様な姿は、境内全体を城砦化した山岳寺院の様相を示しており、進美寺城(日高町)と共に但馬における中世寺院の城砦化の典型例といえよう。
 但東町には比較的畝状竪堀をもつ城が卓越しているが、拠点的城郭では亀ヶ城岩吹城が代表例である。筆者は、但東町域は本来守護山名氏の領域であるが、戦国末期には竹野轟城主・垣屋豊続の支配が及んでいたものと推定しており、両城の畝状竪堀は垣屋豊続の縄張りだと考えている。その様に考えることが許されるならば、金蔵寺城の堀切・竪堀群や畝状竪堀は、当時毛利方で但馬最強の国人であった垣屋豊続が金蔵寺を利用して普請したものと判断される。<豊岡市の城郭集成Uより>