歴史
=松帆山感應寺=
当寺はもと倭文庄感応寺山に創建されたが、その年代は明らかでない。
文明10年(1478)頃 淡路西国第14番観音霊場となる。
永正5年(1508)火災にあい古津路村叶堂に移転した。慶長の初め、豊臣家代官がこの地に叶堂城を築く為に当寺も松原中に立退いたが、慶長5年(1600)廃城となり、中興初代快誉上人が城跡に当寺を再興し、蜂須賀藩主の崇敬を得た。昭和59年三原川改修により当地に移転した。
=穴太積の石垣=
この石積は、慶長年間(1596~1614)の石垣と推定される叶堂城の石材を用いて、穴太積伝承者・粟田万喜三が復元した穴太積である。
穴太の名は大津市の穴太に由来するもので当時の石垣築城者にも与えられた。
その構築には、まず大小自然石の中から各コーナーの勾配をつくる石材を選ぶ。次に、下石となる石材の形状とその上にのせる石材の凹凸をよく検討したのち石垣を築く。穴太積の特徴は、大小の石材を上下自由に配石する妙と力強さにある。<現地説明より>
コメント
オススメ ☆
規 模 ☆☆
難易度 ☆☆
アクセス ☆☆☆☆
データ
- 所在地
- 兵庫県南あわじ市松帆古津路148(感応寺)
- 通称
- 感応堂城
- 形式
- 平城
- 遺構
- 石垣
- 築城者
- 石川紀伊守
- 主要城主
- 石川紀伊守
- 築城年
- 文禄4年(1595)
- 廃城年
- 慶長5年(1600)
- 開城時間
- 常時
- 入城料
- 無料
- 休城日
- なし
- 駐車場
- 有 (無料)
- アクセス
- 神戸淡路鳴門道『西淡三原IC』より2.2km(車で約4分)