歴史
=竹中氏陣屋跡および櫓門=
竹中半兵衛重治公没後・嫡男の重門が菩提山城を廃して構えた陣屋(『竹中家譜』「菩提山之城を下り、岩手作館居之」)の正門である。
東側が正面で、大手の間口六間 奥行き三間木造の白壁塗りの櫓門となっている。
門の西側に1,636坪にわたる陣屋が形成されていた。(東辺40間5尺(74.23m)、北辺37間半(68.18m)、西辺36間1尺(65.75m)、南辺42間2尺(76.96m))
当櫓門は明治新政府による学制発布により明治14年に現在の岩手小学校の前身である『菁莪義校(せいがぎこう)』の正門として位置づけられてきた。(「菁莪」とは中国最古の『詩経』より[有能な人材を育成するの意])
明治新政府の「幕府建造物破壊令」に対し高橋弥八郎氏等が「櫓門は菁莪学校の正門である」と主張し地元文化財としての存続に尽力され現在に至る。城(陣屋)の門が学校の正門になっている学校は全国でも極めて稀で貴重な史跡となっている。<現地案内板より>
コメント
オススメ ☆☆☆
規 模 ☆☆☆
難易度 ☆☆
アクセス ☆☆
データ
- 所在地
- 岐阜県不破郡垂井町岩手(岩手小学校)
- 通称
- 岩手城、岩手陣屋
- 形式
- 陣屋
- 遺構
- 櫓門、石垣、土塁、堀
- 築城者
- 竹中重門
- 主要城主
- 竹中氏
- 築城年
- 天正16年(1588)
- 廃城年
- 不明
- 開城時間
- 常時?
- 入城料
- 無料?
- 休城日
- なし?
- 駐車場
- 無料駐車場有り(数十台可)
- アクセス
- JR東海道本線『垂井駅』より4km(車で約8分)