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全国気ままに城めぐり♪

日本お城めぐりの旅

境台場SAKAI FORT 


歴史

 台場とは、江戸時代末期に、幕府や各地の藩が外国船からの防衛の為に築いた海岸砲台で、鳥取藩も文久3年(1863)から元治元年(1864)にかけて9箇所の台場を築造した。このうち、橋津(湯梨浜町)、由良(北栄町)、淀江(米子市)、境の4箇所の台場跡が昭和63年に国史跡に指定され、その後、浦富台場跡(岩美町)、赤崎台場跡(琴浦町)が追加指定された。
 境台場は、境港と松江藩の城下に通ずる境水道の防衛を目的に、文久3年8月から元治元年6月にかけて築造された。設計は長崎で洋学を修めた淀江の郷士・松波宏元によるもので、西洋式の城塞プランが採用されている。現地工事は、上道村構庄屋山根作兵衛を責任者とする地元農民の労働奉仕によって行われた。
台場の遺構は、海に面した東側と北側に築かれた前面土塁、西側と南側に築かれた後背土塁、土塁の中の広場から成る。総面積は1.4haにものぼり、鳥取藩台場のなかでも最も規模が大きい。前面土塁には六尾村反射炉(北栄町)で製造された大砲が12門設置されていた。その数も鳥取藩台場中最多で、境台場が特に重視されていたことがわかる。但し、実戦が行われたことは一度もなく、明治維新によってその役割を終えた。
 このように、境台場跡は幕末の地方の社会情勢を象徴する遺跡として非常に価値が高いものである。<現地案内板より>

コメント

オススメ ☆☆
規模   ☆☆☆
難易度  ☆☆☆
アクセス ☆☆☆☆


データ

所在地
鳥取県境港市花町(台場公園)
通称
形式
台場
遺構
土塁
築城者
不明
主要城主
築城年
文久3年(1863)
廃城年
開城時間
常時
入城料
無料
休城日
なし
駐車場
あり(無料)
アクセス
JR境線『境港駅』より1.8km(徒歩23分/車で4分) 
米子自動車道『米子IC』より22km(車で約35分)
山陰自動車道『米子南IC』より20.2km(車で約35分)

日本100名城
現存12天守
番外編

個人データ
初登城日:2024.5.4
最終登城日:2024.5.4